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理論学説研究の時代

大学院/早稲田大学/長崎大学 〜2009

大学院生の時にカール・E・ワイクの理論の面白さに気づき、理論的なモデルを考えたり、学説の整理をしたりしていました。小さな企業の経営者の父を持っていたこともあり、経営学と現実の経営の乖離について考えながら研究を進めていた時代です。日本経済が目に見えて衰退していく現実と向き合いながら、やらなくてはいけないことをたくさん感じた頃でもあります。この間感じていた衝撃や疑問が、後の「対話とナラティヴに関する理論研究」の時代へと繋がっていきます。

episode 1-1

苦しさを感じていた頃に出会った
ナラティヴ・セラピーの考え方

図版

大学時代、家族のことで精神的な苦しさを感じていた際に、たまたまナラティヴ・セラピーの源流となる臨床心理家のミルトン・エリクソンの書籍に出会いました。

エリクソンがセラピーでやっていたのは、クライアントがもともと持っている力を引き出すということです。そのベースには、人間はすでに解決する能力を持っているけれどそれを引き出せる仕組みや構造がない、言い換えれば「関係性」がない、という考えがあります。

人間が過ちを犯すのは愚かで非合理だからではなく、ある人のナラティヴ(解釈の枠組み)のなかでは一定の合理性があるけれど、別のナラティヴからすると違うということに過ぎない。そしてナラティヴが変われば見えるものが変わる。これが自分の今の研究にもつながる揺るぎない信念となっています。

episode 1-2

長崎で物足りなく感じた甘口醤油 
-初めての赴任で気づいた
地域ごとの合理性

初めて池袋を出て長崎県に赴任した時、池袋と長崎の違いに衝撃を受け、新しい環境に不愉快さを感じていました。例えば長崎では電車やバスに乗る時に東京のようにはきちっと列に並びませんし、醤油と味噌は甘くて物足りなく感じていました。

しかし、3ヶ月くらい経つと、「長崎には長崎の、一定の合理性があるのではないか」と考えるようになりました。バスや電車に乗る時に乗客が並ばないのは、乗り口と降り口が別にあるからで、味噌と醤油が甘いのも、その方が九州の新鮮な魚を引き立てるからだったのです。

このように「地域ごとの合理性がある」ことを理解してからは、生活が楽しくなりました。
対話の研究にも通じるところのある、「自分の生きている世界の外側に別の世界がある」ということを感じた出来事でした。

episode 1-3

大学の組織運営を通して
理論と実践の溝に気づく

当時国立大学では文部科学省による改革が進められ、本部から学部に対して様々な戦略が申し渡されました。その際に「お前たち教員が何も考えないから、本部が考えてやっているんだ」という印象を受け、すごく不愉快な気分になりました。無論、本部は本部でやらねばならぬことはあったのは理解しています。でも、やはり何かもやもやしたものが残りました。

それと同時に、自分は経営戦略論を研究しているけれど、こうした実際の組織運営における知識と実践の溝についてはどのように考えれば良いのだろうという疑問が湧いてきました。それで溝を扱う研究を探るうちに、批判的経営研究(ミシェル・フーコーなどの批判的な哲学者の思想を持ち込みながら、現実の企業活動を批判的に研究することで、マネジメントにおける権力作用や抑圧性を見出していく分野)という領域にたどり着きました。

私は批判的経営研究にしばらくのめり込みましたが、いくら批判しても、溝に働きかけることにはつながらず、無責任に指摘しているだけのように思えて、だんだん虚しさを覚え、もう少し別のアプローチができないかと模索しました。

この時代に関連する主な研究・実績

  • 戦略論研究の展開と課題 
    -現代戦略論研究への学説史的考察から-

    経営学史学会編『経営学の現在ーガバナンス論、組織論・戦略論』(第14輯)
    2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞

  • 戦略が創られるとき 
    -戦略論研究の新しい
    アジェンダに向けて-

    『経営情報学会誌』18(3), 221-233.

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対話とナラティヴに関する
理論研究時代 -理論と実践の出会い

西南学院大学 2010〜2015

この頃は、社会人教育を通して、理論をどのように実践に役立てていくかが徐々に見えてきました。この時代に出会ったのが、ケネス・ガーゲンの社会構成主義の考え方や、神学者マルティン・ブーバーらの思想、べてるの家の当事者研究です。こうした出会いを通して、研究においてコアにすべきものが次第にはっきりとしてきます。

episode 2-1

社会人教育を通して、
研究と実践が出会う

図版

長崎大学に在籍していた最後の年から始めた社会人教育(MBA)で、会社で管理職を担われているような方から「先生の授業は理論をベースにしているのに、生々しい」という声を聴きました。そういった反応を受けて、自分自身の研究の意味を改めて実感するとともに、実践者の課題でまだ解けていない領域に迫っていきたいという思いが芽生えます。

当時、講義の最初に必ず「なぜあなたはMBAに来たのですか」と質問していたのですが、そこで何人かの会社員の方が「自分の考えを潰してくる上司に対して、自分の方が有能であることを見せつけ、自分の正しさを分からせるためにMBAを取りに来た」と答えたのです。これにはとても驚きました。仮にMBAをとって上司を論破しても、社内に面倒な敵を増やし再び厄介な課題に直面することが目に見えているからです。

このようなやりとりを通して「上司が分かってくれない問題」といった組織の中の隔たりにアプローチしていくことが大切だと気づきました。ここで、臨床心理のナラティヴ・アプローチとの結びつきが見えてきたのです。

episode 2-2

神学者 マルティン・ブーバーを通して
対話と出会う

図版

この頃、マルティン・ブーバーをはじめユダヤ系の思想家や研究者の考え方に触れました。彼らの思想に通底する「自分が見えているものは限られている」ということや、苦難とは痛みを伴いながらも「見えなかったものが見えた瞬間である」という考え方は、変革における苦難にどう向き合い、意味を発見して歩むかというテーマに大きなヒントを与えてくれました。

また、哲学者のマルティン・ブーバーは対話について論じており、人間同士の関係性を「私とそれ」の関係性と「私とあなた」の関係性の2つに分類しました。前者は、向き合う相手をまるで自分の「道具」のようにとらえることに対し、後者は、相手の存在が代わりのきかないものだととらえています。対話とは、「私とそれ」の関係性を乗り越えて、「私とあなた」の関係性へ移行することを促すものだといえるでしょう。

episode 2-3

べてるの家での当事者研究との出会い
-精神疾患も職場の問題も、
その人や組織を助けに来ている

図版

また、同じ頃に北海道浦河町にある精神障害等の当事者のコミュニティであるべてるの家と出会います。べてるの家では「当事者研究」という、精神障害を抱えている当事者自身が自分の困りごとについて皆と一緒に対話をする場がありました。例えば、過食嘔吐の症状に対して、問題解決は脇に置いて「どうしたら、みんなが過食嘔吐になれるか」を当事者同士で一緒に考えるのです。すると、「常に親の顔色を気にしながら生活する」や「なるべく高い人生の目標を立てる」などが浮かび上がりました。このように、反転的な問いを当事者同士で探ることで、自分が「何に困っているのか」や問題を「悪化させるための行動パターン」が浮かび上がってくるのです。そこで目にしたのは、問題を解決するよりも、その問題自体を私達が何かを学ぶための契機として捉え直す、それまでに経験したことのない知性でした。

この当事者研究のお話を向谷地生良さんからお聞きした時「これこそ僕がコアにすべきものだ」と確信しました。

他にもべてるには「人生の苦労を取り戻す」という標語があります。普通、苦労はしたくないので問題があったら取り除こうと考えますが、べてるはむしろ、問題を積極的に迎え入れるような姿勢があります。その人が抱えている生きにくさ、辛さを単に薬で抑えるのは、付け焼刃でしかなく、生きづらさの背景にある大切な「本来の自分らしい苦労」を探して引き受けることを大事にしているそうです。

企業でも、まさに「人生の苦労や問題を取り戻す」ことが大事だと思っています。たとえば「職場でうつになった社員が出てしまった」というのは、組織の問題が現れている状況だと思いますが、それを大抵の企業は「うつになった個人の問題」として処理しがちではないでしょうか。

べてるには「病気はあなたを助けにきている」という考えがあるのですが、私は職場で起こる問題も、病気と一緒で組織を助けに来ているのだと考えています。手っ取り早く解決策に飛びついて表面的な症状を抑えるのではなく、文脈的な問題にアプローチしていくことの大切さを改めて感じた大きな出会いでした。

この時代に関連する主な研究・実績

  • 言語システムとしての組織 
    -ナラティヴ・アプローチの
    組織論研究に向けて-

    経営哲学,13(1):18−30 2016 宇田川元一

  • 生成する組織の研究 
    -流転・連鎖・媒介する組織パースペクティヴの可能性-

    組織科学,49(2), 15-28.

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支援的研究の時代 -経営の現場から

埼玉大学大学院 2016〜

再び関東へ戻ると、本社の組織運営における課題がまさにこれまで研究してきたことと重なることが分かりました。徐々に業績が悪化していく中で、大企業がこれまで築き上げてきたものを焦って捨てて、優位性のないことに取り組み崩れ去ろうとしている様子を目の当たりにし、自分たちのコンピタンスを活かして新しい役割を勝ち得ていくことをどのようなプロセスで実現していくかを支援するようになりました。

episode 3-1

東京に戻って感じた
知識と実践の溝という問題

図版

福岡から東京に戻ってきた時に、衝撃を受けました。まず「みなさん、非常に勉強している」ということに驚きました。本もたくさん読んでいるし、ワークショップや勉強会も開催されている。売れる本も「お勉強系」の本が多い印象を受けました。「さすがに首都圏のビジネスパーソンは違うなぁ」と思いましたが、数ヶ月すると「何かおかしいぞ...」と思い始めたんですね。

みなさん、非常に勉強されているんですが、それが実践につながっている感じがしないんです。インプットは多く、SNSでも「こうあるべきだ!」という意見を書いている方は多いんですが、それが実践と結びつかない。この問題は深刻だと思いました。つまり、「正しい知識」と言われることと「実践」の間には、大きな溝があるわけです。他の人と関わっていかなければ、「知識」は「実践」に移行していけないですよね。この問題をしっかりと扱わないと、世の中は何も変わっていかないのではないか。それが、『他者と働く── 「わかりあえなさ」から始める組織論』という本を書いた、大きな理由の一つです。

episode 3-2

企業変革に必要なのは、
過去の成功体験の丁寧な棚卸し

図版

また、大企業のイノベーション推進を支援する中で、「アメリカの企業との差はどうすれば埋まるのか」といったギャップを埋めようとするための質問が多いことも気になりました。ギャップを埋める発想の中には、自社がイノベーションや新しい事業を生み出すことの「必然性」が存在せず、変革が前に進まないからです。また、外側にある解決策に飛びつくことも危険です。自分たちに無理矢理当てはめても、社内に拒絶反応が起きるからです。

外部とのギャップをどう埋めようか考えて外側にある解決策を自分たちに当てはめるよりも、自分たちが独自性を築き上げた過程における成功体験を、文脈を含めて丁寧に棚卸ししていった方が、ケイパビリティを活かしつつ当時と現在との違いを踏まえてどこに手をつければ良いかが見えてくるでしょう。

例えば、私がアドバイザーとして支援をしているある企業でも、イノベーション推進部門の立ち上げに際して成功体験を文脈を含めて棚卸しするところから始めました。すると、うまくいっていた頃は、常に世の中を広く見渡して最新の技術を取り入れつつ、主力製品に代わるものを考え続けていたことが見えてきました。またその時は、組織横断的な製品開発プロセスが行われていたことも分かりました。

既存事業で市場を確立している分、経営資源を既存事業に配分する方が収益見込みが立ちます。その結果、新しい事業機会の発見や新しいアイデアを育てる支援がなかなかできない問題が生じます。しかし、成功体験の棚卸しを経て、本来は継承していくべきであったのに現在うまく残せていない要素が見え、イノベーション推進の役割や手の付け所が徐々に明確になっていったのです。

episode 3-3

保守的な思想を持つ
ドラッカーや変革者たちとの出会い

図版

こうした企業支援を重ねる中で、「緩やかではあるが確実に業績が悪化している状況」においては、V字回復のように経営陣が抜本的に経営を立て直す「革命的な」思想よりも、万人が環境の変化の只中で、必要な行動を取り続ける「保守的な」適応の積み重ねが大事だと気が付きました。

P.F.ドラッカーは「イノベーションに成功するものは保守的である。保守的たらざるを得ない。彼らはリスク思考ではない。機会思考である」(Drucker, 1985: 訳p.164)と述べていますが、実際に地に足ついた変革を実現している大企業の方々は地道かつ丁寧にステップを踏んでいます。

例えばNECの新規事業を推進したビジネスイノベーション統括ユニットBIU(現GIU)の中核人物である北瀬さんは、成果がすぐには出ない中でも既存事業の部署から優秀な人材を送り出してもらうために、人材育成の効果や存在意義を理解してもらえるように個々人のスキル成長や次の活躍可能なジョブなどを伝えつつ、新規事業の成功確率を上げる工夫をされていました (佐々木・宇田川・黒澤, 2021)。

あくまでこれは取り組みの一部分ですが、革命的であったり押し付けたりせず、北瀬さんのように保守的かつ対話的に、自発性を重んじて小さな適応を重ねていくことこそが、緩やかに迫る危機の中で着実な企業の未来への適応へとつながっていくのです。私はこの思想を大切に、これからも研究と企業への支援を重ねていきたいと思っています。

この時代に関連する主な研究・実績

教育活動

埼玉大学大学院 経済学部・経済経営系大学院(人文社会科学研究科)双方で経営戦略論を教えています。

学部ゼミ

  • 生涯に渡って探究心を持って
    生きるための方法を身につけることを
    テーマとしています。

大学院ゼミ

  • 企業変革や企業のイノベーションや
    新規事業開発に対して
    問題意識を持つ方々とともに
    実践的な研究を進めています。

これまでに指導した主な研究テーマ(一部)

  • 大手企業における
    新規事業開発プロセスの解明。
    企業変革についての理論研究 など

社会活動

また、スタートアップから中堅・大手までの事業会社および病院・福祉施設などの非営利組織、官公庁など
諸組織において企業変革とイノベーションの推進を支援しています。

これまでの主なアドバイザリー内容

  • ・全社的な企業変革推進
    ・中期経営計画実現のための戦略構築
    ・イノベーション推進のための戦略構築と実践
    ・研究開発組織のイノベーション推進
    ・スタートアップ企業経営者向けメンタリング
    ・中央官庁組織の変革
    ・その他非営利組織の職場づくり、組織づくり など

    など

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